サッカー大国ドイツ  ※2006年5月作成

ドイツで最も広く愛されているスポーツといえばサッカー。
そのサッカー最大の大会、2006年サッカー・ワールドカップ(Fußball-Welt-Meisterschaft)が6月9日からドイツで開催されます。
ドイツ代表公式ユニホームの胸の黒・赤・金の3つの星印は国旗を現すとともに、過去3回の優勝(1954年、1974年、1990年)を表す勝利の星でもあります。

今年世界の注目を浴びるドイツのサッカー事情に迫ってみたいと思います。

ドイツ人とサッカー

ドイツサッカーの歴史

ワールドカップとドイツチーム

ドイツサッカーの組織

Verein内のチーム構成

デュッセルドルフのVereinとサッカー事情

Verein Adler Nierst″代表に聞く インタビュー:Thomas Dzulkoさん (最後にドイツ語訳を載せてあります)


2006年ワールドカップ、ドイツ3位決定に大喜び


練習する選手達と応援する人々

 


ドイツ人とサッカー

「サッカーには国民性が現れる」とよく言われますが、ドイツでもそれは例外ではありません。
"Ordnung"(秩序)を重んじるドイツ人ですから、全てのチームが合理的に組織され、規律を重んじ、選手はひたすら「やるべきことをやる」ということが浸透しています。そして、チームを応援するファンのマナーも良く、応援姿勢も徹底しています。試合当日はご贔屓チームのユニフォームや応援グッズ一色に身を包み、スタジアムへ向かう車の中からフラッグをなびかせて走ります。

大切な国際試合のテレビ中継が始まると街を歩く人の姿はまばら、レストランでも閑古鳥が鳴きます。
またブンデス・リーグの一部がそうであるように、土曜日はドイツ国内に2万7千もあるVerein(サッカークラブ及びスポーツクラブ)のSpieltag(試合日)でもあります。
各地域のスタジアム、フィールドで試合をにぎやかに観戦する姿がよく見られます。小さな子供からお年寄まで一喜一憂する姿は、一つのスポーツであるサッカーがこの国では生活であり文化でもあると感じさせられます。多くのドイツ人がサッカーを愛し、「人生の愉しみ」であるようです。


ドイツサッカーの歴史

現在のサッカーは1863年にイギリスサッカー協会が誕生し、ルールがほぼ統一されたことから始まります。そしてヨーロッパ全体に広がりました。
ドイツでは1888年に国内最初のVerein(クラブ)がBraunschweig(中北ドイツの工業都市)に誕生しました。当時はドイツではまだルールが一様でなく、ラグビーボールのような形のボールを使ってたチームもあったそうです。1900年にDeutscher Fußball-Bund(DFB:ドイツサッカー協会)の誕生と共に公式ルールが整備され、他チームとの公式試合もスムーズに行われるようになりました。
また1904年にはDer Internationale Fußballverband(FIFA:国際サッカー協会)も設立され、わずか20年で現在のサッカーの基礎となる大きな枠組みが完成したことになります。
ドイツではDeutsch Meister(ドイツチャンピオン、VfB Leipzigが初代チャンピオン)を決める試合は1903年から行われました。
しかし、当時ドイツの若者を夢中にさせたサッカーですがその頃のスポーツ界にはプロフェッショナルという概念はまだ根付いておらず各地で作られ始めたチームも、資金難でサッカー場も専用ボールもない時期もありました。現在1部リーグのBorussia DortmundやSchalke04などは、当時の酒場の経営者が空き地を気前良く提供し、酒場の資金から発展したチームです。

ようやく1963年にBundesliga(ブンデスリーグ1部)が、1974年からZweite Bundesliga(ブンデスリーグ2部)が誕生、1981年にはZweite BundesligaがZweite BundesligaとRegionlliega(3部)に別れその後Regionlliega以下も整備され、さらに1952年から東西に分かれていた組織も統一後にはDFBに統合され、現在のようなピラミッド型の組織が完成しました。

【まめ知識】
イギリス発祥の地とよく言われるサッカーですが原始的なサッカーの歴史はもっと古く、今から4000年以上前に中国で兵士達が皇帝のもと連帯意識、統制力をたもつため、また身体の鍛錬のために"Tsu Chu"と呼ばれる球技を行っていました。毛髪と鳥の毛から作られた直径20cmのボールが使われていたという記録が残っています。
また、後年エジプトやギリシャ(Epyskyrosと呼ばれた)、ローマ(Harpastumと呼ばれた)などさまざまな地域でサッカーに似たスポーツが生まれていたようです。
特にFlorenz(フィレンツェ)では、6世紀から続くサッカーの試合Calcio Storico in Fiorentionが現在でも行われています。4つの地区代表の選手達28人が伝統的な衣装でプレーに臨みます。試合も熱を帯びるとサッカーよりラグビーに、更にはプロレスに近くなります。
どの時期にイギリスに伝わったかはハッキリしませんが、今から150年程前に学校教育の分野で取り上げられ、ラグビーと分かれることにより今のサッカーが生まれました。


ワールドカップとドイツチーム

ワールド・カップは4年に一度開催される、最も重要なサッカーの国際大会です。オリンピックと並んで世界中で注目され盛りあがる大きなイベントです。

FIFA W杯は1930年に初めてウルグアイで開催されました。初回はドイツは不参加でしたが、1934年のイタリア大会で、ドイツチームは3位となりました。
第2次世界大戦期間中(1942年、1946年)はW杯は開催されず、戦後初の1950年大会では、敗戦国ドイツは参加が認められませんでした。しかし、それ以降は毎回参加している、いわばサッカー大国で、過去に3度優勝しています。

ドイツが戦後初めて参加することができた1954年のスイス大会では、そのドラマティックな決勝戦が映画化されるほど有名です。


ドイツ対日本の親善試合(Leverkusen)

当時、無敵と言われた強豪ハンガリーに3対2で逆転勝するという大番狂わせが、 おこりました。この試合は"Wunder von Bern"(ベルンの奇蹟)と呼ばれ、この時のラジオレポーターHerbert Zimmermannの"Tor,Tor,Tor!"という絶叫中継は今でも語り継がれています。
1974年のドイツ大会では、西ドイツチームは予選リーグでDDR(東ドイツ)と対戦し負けました。
しかしその直後から粘り強さを見せて順当に勝ち進み、決勝戦ではオランダに2対1で勝ち、2度目の優勝を手にしました。このチームの主将は”皇帝”Beckenbauerです。
ドイツチームの3度目の優勝は、1990年のイタリア大会です。Beckenbauerが代表監督を務めたチームは決勝戦でアルゼンチンに1対0で勝ちました。現監督のJuergen Klinsmannはこの大会のメンバーでした。この大会の後で、東西ドイツの統一という歴史的な出来事が起こりました。

【優勝杯と各賞に関する豆知識】
当時の優勝杯は金で造られ、翼をつけた女神が両手で八角形のカップを支えている像が付けられていました。この優勝杯は1966年のロンドン大会の際に盗まれたものの、幸運にも決勝戦前になって木の下に置かれているのが見つかっています。1970年のメキシコ大会でブラジルが3度目の優勝をしてからは、優勝国が優勝杯を保持してよいことになりました。しかし、この杯は1983年末にリオ・デ・ジャネイロで盗まれ、そのまま見つかっていません。
現在の新しい形のトロフィーは1974年から優勝国に贈られるようになりました。
W杯では、優勝トロフィーの他にもいくつか賞が贈られます。

・「金の靴」(得点王):  Ronaldo(2002年ブラジル)
・「金のボール」(ベストプレーヤー):  Oliver Kahn(2002年ドイツ)、ブラジル Ronaldo(1998年)
・ベスト・ゴールキーパー :
(ロシアのゴールキーパーLew Jaschinに敬意を表して) 
Oliver Kahn(2002ドイツ)Fabien Barthez(1998年フランス)
・「フェアプレイ賞」: ベルギー(2002年)
・「観客賞」: ブラジル(1994年)、フランス(1998年)、韓国(2002年)


<FIFA W杯優勝国>

1)ブラジル(5回) 1958年、1962年、1970年、1994年、2002年
2)ドイツ(3回) 1954年、1974年、1990年 (準優勝:4回、3位:2回)
2)イタリア(3回) 1934年、1938年、1982年
4)アルゼンチン(2回)
1978年、1986年
4)ウルグアイ(2回) 1930年、1950年
6)英国(1回) 1966年
6)フランス(1回) 1998年


 
ドイツサッカーの組織

1900年1月28日、Leipzig(ライプチヒ、旧東ドイツの都市)で86のVerein(クラブ)から設立されました。
DFBは現在ではFIFAに登録しているサッカー協会として世界で最も大きい規模です。
(FIFAに登録の各団体登録メンバー数約2億)
現在のDFB  25,922Verein   170,480チーム   会員数6,303,082(人口の1/13)
審判78,511人に発展しました(現在の所在地はfrankfurt am Main)。

ピラミッドの頂点はBundesliega:1部18チームと2部18チームからなり、どちらもプロ選手で構成されています。1部では1シーズン(34ゲーム)の成績で下位3チームが2部へ、逆に2部の上位3チームが1部へと昇格します。2部チームのうち下位4チームはその次で紹介するRegionalligaへ降格となります。


Hamburger SVのスタジアム

頂点を狙う第2の枠RegionalligaとOberliga:Bundesligaの下位にはドイツを2つのエリア(北・南)に分けて戦うRegionalliefgaと、その下位で9のエリアで戦うOberliegaがあります(3部4部ともいわれる)。
Regionalligaの選手はサッカーで収入を得ることが出来る権利を持ちます(ほとんどはサッカー以外の収入と合わせて生活する選手が多く半プロとも言われる)。
Oberligaはアマチュアの最高位に位置しています。東欧や日本を含むアジアなどからのサッカー留学選手も増えています。1部からOberligaまでの全試合と全選手はDFBが管理しています。DFBガ認めた審判員によってのみ試合が行われます。

基礎となるアマチュアサッカー(25,922Verein):4部以下のリーグに所属するVereinは国内を21のエリアで分けたVerbändeに所属し、その中で試合を行ないます。21のVerbändeはさらに細かくエリアで分かれており、Landesliga(大地区リーグ)、Bezirksliga(中地区リーグ)、Kreisliga(小地区リーグ)で戦います。

下位リーグでは小さなエリアでの戦いとなり、上位リーグは全国を21に分けた比較的大きなエリアで戦うことが出来ます。下位と上位リーグとはシーズンの成績で昇格、降格を繰り返します。そしてこのVerbändeのトップリーグ、すなわち5部リーグで好成績を収めると4部Oberligaへの昇格ができます。Verbändeliga以下の試合、選手は21のVerbandがそれぞれ管理、審判はこの中でもっとも上位のVerbändeligaのみDFBの審判員が行い、その他はトレーナーも行うことがあります。

このように常に上位と下位が入れ替わるシステムの下で、常に安定した位置を確保するのはとても難しいことです。大きな資本、スポンサーの後ろ盾のある1部のチームであっても目が離せません。唯一、Hamburger SVがブンデスリーグ1部創設以来1部を守り続けているチームです。

●ブンデスリーガ1部チーム順位表(2006年5月現在)

1)Bayern München
2) Werder Bremen
3) Hamburger SV
4) FC Schalke 04
5) Bayer Leverkusen
6) Hertha BSC Berlin
7) Borussia Dortmund
8) 1.FC Nürunberg
9) VfB Stuttgart
10)Borussia Mönchengladbach
11)FSV Mainz 05
12)Hannover 96
13)Arminia Bielefeld
14)Eintracht Frankfurt
15)VfL Wolfsburg
16)1.FC Kaiserslautern *
17)1.FC Köln *
18)MSV Duisburg *

来シーズンは*印の3チームが2部リーグへ降格、替わりに下記3チームが1部リーグへ昇格します。
16)VfL Bochum
17)Alemannia Aachen
18)Energie Cottbus


熱狂的な試合前の様子(Dortmund)


ファンサービス精神旺盛なSchneider選手



Verein内のチーム構成

Verein内はSenioren(男子成人)・Juioren(少年)・Frauen(女子成人)・Mädchen(少女)のグループで構成され、さらに未成年は年齢でチームが区分されます。全てのVereinに女子チームがあるわけではありませんが、全会員のうち100万人は女性で、ドイツ代表女子チームの活躍で益々増える傾向にあります。
Jugendの中に女子が混ざってチームを構成しているところもあります。そのVereinのもっとも中心に、顔となる成人チームErste Mannschaft(男子成人のベストチーム)があり、会員数の規模によりZweite、Dritte Mannschaft(セカンドチーム、サードチーム)がつくられます。
壮年者のために編成されたチームAlte Herren(30歳以上)と呼ばれるチームと、下記のJugendのチームを合わせると一つのVereinに約10〜20のチームがあることになります。

Bambinis  6歳まで


F-Jugendのリーグ戦

F-Jugend 8歳まで
E-Jugend 10歳まで
D-Jugend  12歳まで
C-Jugend 14歳まで
B-Jugend 16歳まで
A-Jugend  18歳まで

Mannschaft(チ−ム)を構成するプレーヤーの数は約20で、全てのプレーヤーがチームになくてはならない存在で、万年補欠で悲しい思いをすることはまずありません。サッカーが好きでMannschaftの一員になると6歳のBambinis の選手も一部の選手と同様、練習、試合を繰り返しサッカーセンスを身につけるのです。


【まめ知識】
チーム名称の意味
・ チーム名と数字 設立年を表すSchalke04 、Leverkusen04 は1904年設立を表します。
   Hannover96は1896年。(1886MuenchenもVereinの設立が1886年です。
   但し、設立当時はサッカーのチームは無く他のスポーツのためのVereinでした。)
・ SVはSportvereinの略 HamburgerSV
・ VfBは Verein für  Ballspiele(ボール競技のVerein) 例Stuttgart VfB
・  VfLは Verein für Liebeserziehung (愛のある教育を目指す)例:BochumVfL、Wolfsburg VfL
・ Borussia はラテン語。Preussenの意味。例:BorussiaDortmund,BorussiaMönchengladbach
・ Fortunaはギリシャの幸運の女神 例Fortuna Duesseldorf
・ BSC Ball-Sport-Clubの略 例Hertha BSC Berlin
・ FC Fussballclub 1FCはその地域で最初のFussballclubと言う意味。例IFC Köln, IFCKaiserslauten
・ Herthaは強いを意味する。例Hertha BSC Berlin
・ SV Sportverein
・ TSV Turn-und Sportverein(室内体操とスポーツ) TSV1860 München
・ TuS Turn-und Sportverein


デュッセルドルフのVereinとサッカー事情

全国を21に分けたVerbändeのうち、デュッセルドルフは下ライン川のFußballverbäd Niederrhein e.V(1444のVerein、会員数345,547)に含まれます。Fußballverbäd Niederrhein e.Vは さらに13のエリアに分けられ、デュッセルドルフもその内の一つとなっています(Kreis Düsseldorf)。
デュッセルドルフのVereinに所属するチームで下位チームはKreisliga(小地区リーグ)で戦います。
そこで上位になるとBezirksliga(中地区リーグ)、さらにはLandesliga(大地区リーグ)、そして
Verbandsliga(Fußballverband Niederrhein e.V内リーグ)へと進むことが出来ます。
さらにはOberliga、Regionalligaと頂点を目指すことが出来るのです。

人口約50万のデュッセルドルフは1930年Deutscer Meisterとなり、その後も一部で活躍したFortuna
Düsseldorfの地元ですが、現在は3部リーグと低迷しています。それでも市内には40以上のVereinがあり、芝の整った環境の中でトレーニングする姿をあちこちで見ることが出来ます。

市内サッカークラブの案内: www.duesseldorfer-sportportal.de
Deutscher Fussball-Bund(DFB):
www.dfb.de
Fussballverband Niederrhein:  www.fvn.de
1部からKreisligaまで全成績、情報: www.fussball.de

(サッカーのVereinに選手として登録する際、医者による健康診断書のほかチーム登録のための住民票や
顔写真が必要です。それを元に身分証明書が作成され試合の際のメンバーコントロールなどにもつかわれます。ピンチヒッターで他のチームで試合に参加など不可能です。)


<Verein Adler Nierst″代表に聞く>インタビュー:Thomas Dzulkoさん

今回インタビューを快く引き受けてくださったThomas Dzulkoさんは2005年よりデュッセルドルフ近郊の日本人も多く住むMeerbusch 市の"Verein Adler Nierst″のVorsitzende代表、Die erste Manschaft(成人男子チーム)のトレーナーも兼任されています。それ以前は同市Strümp地区にあるSSV Strümpでトレーナー・プレーヤーとして深くサッカーとかかわってこられました。
 ご家庭では職場結婚をされた奥さま、14歳のご子息、11歳のお嬢さんのよきご主人、パパでもあります。Meerbusch Strümp在住で、Bonnまで車で片道80kmというドイツでは珍しい遠距離通勤者です。


Thomas Dzulkoさん

Q1)Verein のあるNierst地区の紹介をお願いします。
A1)Meerbusch市はデュッセルドルフに隣接したベットタウンです。Vereinのある Nierstは Meerbusch市の北部ライン川に面したとても小さなStadtteil(地区)です。住宅地の横には広大な畑や馬や牛、羊の放牧するのどかな牧畜風景をみることができます。人口は1460人のほんとうに小さな地区です。

Q2)"Verein Adler Nierst″の紹介をお願いします。
A2)1974年に設立、設立当時からのサッカーはもちろん、現在ではノルディック・ウォーキング(ストックを使って体全体を使うウォーキング)、ジョギング、ミニゴルフ、ボーレ(Boule鉄球をつかう投球ゲーム)多岐にわたるスポーツの発信基地です。2005年は念願の芝サッカー場をつくり、同年150人の新たな会員を集め約400人となりました。2006年末には600人となることを期待しています。1460人の住人の数から見ても現在の400人という数字は住民のスポーツに対する関心の高さを誇ることが出来ます。

Q3)サッカーとの出会いはいつですか?
A3)かなり小さい頃からボールで遊んでいましたが、10歳からVereinに入り33歳までプレーヤーでした。35歳からトレーナー、昨年40歳でVereinの代表を引き受けました。今は4歳からBambini-Mannschaftがありますが当時は学齢期から始めるというのが一般的でした。一番夢中になった19歳の頃は3つのチームに籍をおき毎日がサッカーでした。もちろん一つのVereinのみに籍を置くと言う決まりがあるのですが、職場や地元には全く組織(DFV)に属さないチームがありそれにも参加していたというわけです。

Q4)ドイツでサッカーが人気なのはなぜ?
A4)シンプルなスポーツであること。そして1954年の優勝はドイツの空気を一新するくらい影響のある出来事だったのではないかと思います。私はまだ生まれていませんでしたが。私の父はその頃自転車でWuppertal(デュッセルドルフ近郊の工業都市)からスイスまで自転車でサッカーの有名試合を見に行くほど熱狂したらしいです。私と兄も父から買ってもらった一足のサッカーシューズを片足ずつはいて遊んだことを覚えています。

Q5)2005年Verein施設の拡充にあたってご苦労された点などお聞かせください。
A5)苦労ではなくとても楽しい仕事です。新しいグランドが出来る以前は約5km離れたLank地区にある市所有の土のサッカーグラウンドで活動していました。現在でも芝のグラウンドの使えない冬にはそのグラウンドを使っていますが、家のすぐそばにグランドがあり、子供だけで安心して通える設備があり、いつでもサッカーをする姿を家族が見守ることが出来るというようになったことがこの1年の一番の成果です。9日のワールドカップ初戦のドイツ戦はグランド横のカフェテリアに会員はもちろん近くの住人多く集まって観戦、なかには朝までビールで祝った人もいたのですよ。

Q6)Vereinの立ち上げや施設の建設に際しての具体的な仕事を説明してください。
A6)Vereinの設立は簡単です。公証人に依頼する書類上のしごとです。設立されたVereinもその時点では書類上ですので、次に会員を集め、規約などの整備、そして活動場所、道具が必要となってくるわけです。

通常会員は会費を払います。Verein代表その他の役員は規約に従ってこの会費や住民の寄付金、企業、商店からの寄付をもとにVerein運営します。Adler Nierstでは成人会員6ユーロ/月、子供には割引があります。代表、役員、トレーナー全てが無報酬です。

サッカーグラウンドの確保、これは二つ方法があります。一つが市が所有するグラウンドを利用する方法。もう一つがプライベートなグラウンドをVereinが所有する方法です。
Meerbusch市にはBüderich、Strümp、Lank、Osterath、Bösingshovenの地区にサッカーグラウンドを持っています。これらのグラウンドは無料でりようできます。もともとあるものをつかうので簡単で安上がりです。これに対しプライベートグラウンドを持つということは資金調達、建設にあたっての労力は比べ物になりません。

Q7)2005年建設の芝グラウンドはプライベートですか?
A7)はい、プライベートです。2005年Adler Nierstは市内で初のプライベートサッカーグラウンドをもつVereinとなりました。約50万ユーロの費用を要しました。住民の寄付、企業の寄付が中心です。
グラウンド以外にも着替えをするキャビン、シャワー設備、カフェテリア、駐車場もつくり、敷地はフェンスで囲みました。私自身も一部大工仕事をしましたし、たくさんのボランティア住民が力をあわせ限られた資金内でつくりました。

また対外試合をするためにはサッカー用具が必要です。Mannschaftは約20人のプレーヤーで構成されています。上下ユニホーム、ソックス、キーパー用具で1プレーヤーあたり100ユーロ、ボール1個50ユーロ、これらを合算すると1Mannscahfあたり2500ユーロ必要でAdler Nierst ではVerein全体では2万5千ユーロ必要となりました。


Q8)現在Adler Niestはどのリーグですか?
A8)Die erste Mannschaft (成人男子ベストチームは)KreisligaCです。KreisligaはA〜Dまであるので下から2番目です。Frauen-Mannschaft(成人女子)はかなり上のLandesligaで戦っています。Die erste MannschaftについてはかつてRegionalligaでプレイ、Verbandsligaでトレーナー経験のある Jurgen Jung氏が幸運にも来期よりトレーナーとなります。来期が楽しみです。

Q9)仕事、家庭、サッカー、限られた時間内でどのように時間を割り振っていますか?
A9)妻、娘はサッカーには興味はありませんが、サッカー関係のことはそれほど大変なことではありません、初めにお話しましたように楽しいことです。トレーニングは週2回19:30〜21:30、試合は週1回、週6時間サッカーに当てています。たぶん家庭を持つドイツ人男性として週6時間自由な時間を持つのは平均的だと思います。Bonnでの仕事、家庭もすべて上手く行っています。出来ればAlte Mannschaft(30歳以上)にプレーヤーとして参加したいとも思っています。

Q10)Adler Nierstの豊富は何ですか?
A10)一つはもちろん上位リーグへ入ることです。ただし、どんなに上位に上がっても選手獲得資金やトレーナー獲得資金をAdler Nierstでは用意するつもりはありません。というのは下位のリーグKreisligaなどでも選手、トレーナー獲得のために貴重な会員費が使われているVereinもあるのです。このような資金は応援してくれる住民へ還元(子供の遊び場をグランド横に作る)されるべきだとAdler Nierstでは考えています。この考えはいくら上位へ進んでも変らないでしょう。

次はトーナメントの開催です。一つのアイデアとして日系企業対抗サッカートーナメントを考えています。デュッセルドルフでは日本人社会でソフトボール大会を定期的行っていると聞きます。サッカー大会も是非実現してほしいです。サッカーを通じての交流を強く希望しています。

またAdler Nierstの活動や考え方に多くの方の賛同を頂き企業、個人の寄付によりVereinの抱えている問題、具体的には経済的な問題が解決されることです。企業の場合は税金の控除の対象となります。グラウンドの広告版やユニホームにロゴを入れるなど企業の広告にもご利用下さい。具体的にはユニホーム、ボールなどの資金が不足状態です。
トーナメントの問い合わせ、寄付の問い合わせは下記で:
www.adlernierst.de  または Dzulko Thomas氏 (0 21 59) - 81 98 88

<Interview mit dem Vereinsvorsitzenden Herrn Thomas Dzulko>

Vorstellung: Herr Thomas Dzulko ist Vorsitzender und Trainer der ersten Mannschaft des Sportvereins „Adler Nierst″ in Meerbusch-Nierst. Bevor er die ehrenamtliche Arbeit als Vorsitzender übernahm, war er Spieler und Trainer beim SSV Strümp in Meerbusch. Seit langem beschäftigt er sich ohne Unterbrechung mit Fussball.

Er wohnt in Meerbusch-Strümp. Er ist verheiratet und ein guter Papa von zwei Kindern, einem 14-jährigen Jungen und einem 11-jährigen Mädchen. Täglich fährt er mit dem Auto zu seiner 80 km entfernten Arbeitsstelle in Bonn. (Es kommt selten vor, dass jemand in Deutschland täglich so weit zur Arbeit fahren muss.)

Q:Über den Stadtteil Nierst

A:Meerbusch liegt bei Düsseldorf. Nierst ist ein kleiner nördlicher Stadtteil am Rhein in Meerbusch. Große Felder und die Wiesen für Pferde, Kühe und Schafe befinden sich um die Wohnsiedlung in Nierst. Es ist eine sehr schöne Gegend am Rhein. Nierst hat etwa 1460 Einwohner. 

Q:Über den Verein „Adler Nierst”

A:Der Verein wurde 1974 gegründet. Er bietet Fußball, Nordic Walking, Laufen, Minigolf und Boule an. Er ist ein Sportzentrum für die Bewohner. Der Verein hat sich im Jahr 2005 stark entwickelt im Bezug auf die Anlage und die Anzahl der Mitglieder. Der Verein hat 2005 einen schönen Rasenfussballplatz gebaut und 100 neue Mitglieder bekommen. Jetzt hat er ca. 400 Mitglieder, im Vergleich zur Einwohnerzahl Niersts (1460) ist er bewunderswert groß.
Bis Ende dieses Jahres (2006) erwartet Adler Nierst einen weiteren Zuwachs um 200 auf 600 Mitglieder.

Q:Über Ihre persönliche Begegnung zum Fußball
A:Mit 10 Jahren habe ich in der Jugendmannschaft gespielt. Davor habe ich immer auf der Wiese gespielt. Als ich 19 Jahre alt war, habe ich drei Mannschaften angehört, ein Team bei einem lokalen Verein, die anderen waren Firmenmannschaften.
Q:Warum ist Fußball in Deutschland so beliebt?
A:Erstens ist Fußball einfach. Das Spiel ist leicht zu verstehen. Und vermutlich wurden die Deutschen von dem Sieg bei der WM 1954 stark beeinflusst und bestimmt. Damals war ich noch nicht geboren. Aber mein Vater soll danach mit dem Fahrrad von Wuppertal in die Schweiz (nicht zur WM) gefahren sein. Alle Deutschen müssen sich dafür begeistert haben. Ich selbst habe nur einen Schuh und mein Bruder den anderen getragen, als ich angefangen habe, Fußball zu spielen. Viele Jungen haben wahrscheinlich ihre eigene Geschichte mit dem Fussball.

Q:Rückschau auf das bedeutende Jahr 2005
A:An dieser Arbeit habe ich viel Spaß gehabt. Der Rasenfussballplatz, den wir uns seit langem gewünscht haben, und das Klubhaus waren 2005 vollendet.
Unserer Verein hat davor auf einem anderen Fußballplatz in Lank trainiert. Dieser Platz gehört der Stadt Meerbusch. Er ist ein Aschenplatz und von Nierst etwa 5 km entfernt. 
Immer noch trainieren wir im Winter dort, um den Rasen zu schonen. Für uns ist ein eigener Platz wichtig, um den Bewohnern der Region zu zeigen, dass wir den Sport Ernst nehmen.
Am 6. Juni haben sich viele Mitglieder mit Familie im Klubhaus versammelt und das erste WM-Spiel Deutschland - Costa Rica gesehen. Dann haben wir bis zum Morgen gefeiert. Alle freuen sich darüber, einen eigenen Treffpunkt in ihrem Bezirk zu haben.

Q:Über die eigentliche Arbeit im Verein bis jetzt
A:Die Gründung eines Vereins ist nicht schwer. Man muss dem Notar nur die ausgefüllten Formularebringen. Dazu gehört auch eine Vereinssatzung. Dann sammelt man Mitglieder und sucht einen Sportplatz.
Normalerweise zahlen die Mitglieder einen monatlichen Beitrag. Der Verein wird mit diesem Geld und mit Spenden von Geschäftsleuten und privaten Förderern geführt. Bei Adler Nierst sind das 6 Euro pro Monat (Ermäßigung für Kinder). Alle Vorstandsmitglieder und Trainer bei Adler Nierst arbeiten ehrenamtlich.
Im Hinblick auf den Fußballplatz gibt es zwei Mögligkeiten: Entweder nutzt man einen städtischen Platz oder man kümmert sich um einen eigenen, privaten Platz.
In fünf Stadteilen in Meerbusch gibt es städtische Fußballplätze. Man kann sie kostenlos benutzen. Leider gibt es keinen öffentlichen Platz in Nierst. Im Gegensatz dazu braucht der private Fussballplatz viel Geld und es fältt auch immer viel Arbeit an.

Q:Ist der Platz bei Adler Nierst privat?
A:Ja. Nur Adler Nierst in Meerbusch hat einen eigenen, privaten Fußballplatz.
Er kostete 500.000 Euro, das Geld wurde von den Bewohnern und Firmen gespendet. Die Bewohner gaben nicht nur Geld, viele haben beim Bau des Klubhauses von sich aus viel gearbeitet, z.B. Bauarbeiten, Wändestreichen. 
Der Rasenfußballplatz hat ein Klubhaus mit Duschen, einer Cafeteria und Umkleidekabinen. Die Parkplätze sind komplett eingezäunt.
Auf der anderen Seite musste man Geld für Bälle, Spielertrikots usw. aufbringen.
Eine Mannschaft mit etwa 20 Spielern braucht 2.500 Euro. Unser Verein für 10 Mannschaften insgesamt 25.000 Euro.

Q: Über die Mannschaftsleistung 
A:Die erste Mannschaft spielt momentan in der Kreisliga C. Die Kreisliga besteht aus den Ligen A-D. Die Kreisliga C ist die zweitletzte Liga.
Die Frauenmannschaft ist in der Landesliga, das ist eine Spitzenleistung in unserem Verein.
Q:Wie verteilen Sie die Zeit auf Familie, Beruf, Fußball?
A:Meine Frau hat kein Interesse an Fußball, trotzdem ist es nicht schwer: Training, zweimal pro Woche von 19:30 bis 21:30, Spiel, einmal pro Woche etwa zwei Stunden. Insgesamt 6 Stunden pro Woche.
Vermutlich ist es ganz normal, daß der Familievater eine 6-stündige Freizeit hat.
Wenn ich noch Zeit finde, möchte ich in der Altherrenmannschaft (über 30 Jahre alt) spielen.

Q:Über die Zukunftspläne 
A:Das erste Ziel ist der Aufstieg unserer Mannschaften.
Während einige Vereine auch in der Kreisliga Geld für den Erwerb von Spielern und Trainern aufbringen, bezahlt Adler Nierst auf keinen Fall Geld dafür. Die Beteiligten bei Adler Nierst vergessen nicht die grundlegende Idee: ein lokaler Verein für die Bewohner des Bezirks. 

Als zweiten Wunsch möchten wir ein Turnier veranstalten. Ich haben einen Vorschlag. Es ware sehr interessant, wenn ein japanisches Fußballturnier  regelmäßig stattfinden könnte, wie das japanische Softball-Turnier.
Wir wünschen, dass unserer Platz ein Treffpunkt für alle Fußballfreunde wird.

Zuletzt bitte ich alle Leser der Rheinbrücke um eine persönliche oder geschäftliche Spende. Als Werbemittel steht dann ein Werbeplakat am Fußballplatz. Auch ist es möglich, Ihr Logo auf unsere Trikots zu drucken. Das alles können Sie als Werbungskosten von der Steuer absetzen.
Info: www.adlernierst.de
Adler Nierst-Vorsitzender:Dzulko, Thomas (0 21 59) - 81 98 88