合気道師範・浅井勝昭氏(2004)

浅井師範の略歴
1942年 東京に生まれる。
1955年 13才で合気会本部道場に入門。合気道の祖、植芝盛平先生の直弟子となる。
1965年 23才で渡独。
1967年 “ドイツ合気会”を創立。
現在、合気会八段。ドイツ最高峰の師として指導にあたっている。

ラインブリュッケ(以下RB): どうしてドイツに来られたのですか?
浅井先生(以下A): 合気会の要請でドイツに来ました。
その頃、世界に合気道を広く広めようという気風があり、本部から海外に出かけた人が多かったのです。私は当時、大学を出て社会人でしたので、1ヶ月程悩みましたが、決心して「行きます。」と答えました。大学ではフランス語を取っていたので、こんな事ならドイツ語を習っておけば良かったと思いました。
RB: 先生はなぜ、合気道を始められたのですか?
A: ひと言、強くなりたかったからです。
偶然ですが、植芝先生の道場の近くに住んでいたことも影響していると思います。
RB: 現在、色々な武道がありますが、その中で合気道とはどんな特徴、または、どんな位置にあるとお考えですか?
A: まず、合気道とは「人間の持っている気同士を互いに交換、循環させ、またそれと自然の気を循環させ最終的には宇宙単位で気が巡る状態に成る事を目指す道」であると考えます。
合気道では勝ち負けはありません。まず、自分を知ることから始まり、相手の気を感じ、自分のいる空間を感じ、その中で自分をも感じる、といった気の流れを稽古を通じて体感していく物です。
何やら哲学的ですが、知識だけでも技だけでもいけません。知識と技とがバランスをとって高いレベルに持っていかなくてはなりません。ですから、合気道はスポーツというだけではないのです。かといって、決して静かなだけではなく、激しい稽古もあります。私自身も、全身アザだらけになるほど投げ飛ばされたことも度々あります。
RB: “気”とはいったい何ですか?
A: 人間の持つ、生命力、エネルギーだと思います。
誰でも持っているものですが、鍛錬によって自在に操ることができるようになります。特に手の平は気が出やすい所です。体のどこかが痛かったりすると、その場所へ自然と手が行くのはそのせいです。
RB: 気を合わせるということは非常に日本的な表現だと思いますが、この意味をどのようにしてドイツ人に伝えるのですか?
A: 非常に難しい点です。
ドイツ人は特に理論的に、また具体的に説明しないと納得しません。ですから、データーを細かく挙げて説明するようにしています。例えば、日本人には「腕をちょっと上げて。」と言うところをドイツ人には「腕を48度上げて。」と言うようにです。
また、「考え方を柔軟にしろ。」とも指導しています。「ドイツ人から見た面、日本人から見た面、本当は同じ物を逆から見ているのかもしれないのだから、納得できない気がしてもその事を相手がどのように考えているか想像してみなさい。」と常に言っています。
RB: 先生がドイツへいらして始められた合気道ですが、初期の頃にご苦労なさった事は何ですか?
A: 言葉や習慣の違いはもちろんですが、中でも一番苦労したのは人間関係です。合気道と言うことを理解させ、柔道でもなく空手でもない武道であること、そしてそのマイスターである私に対して、師としてきちんと尊敬の念を持ち、けじめのある態度を取らせる事です。
当時、私もまだ若く言葉も不自由、またドイツ人と比べると体も小柄だったので、悔しい思いも何度もしました。ですから、自分自身で周りに壁を作ってしまったこともありますし、道場で思いっきり投げたこともあります。今は高弟が新人教育をやってくれるので、ずいぶん楽になりました。(笑)
RB: 現在はどのように指導なさっているのですか?
A: 私のところでは、子供のコースが2つあり、大人は「ゆっくりコース」「普通コース」「激しい稽古コース」と3つに分かれています。「ゆっくりコース」はまず動きに慣れることとどうしたら気持ちよく体の筋を伸ばすことができるかということから始めています。自分の好きなコースに参加していいので、初心者と上級者が混ざってしまいますから、ゆっくりーコースではたとえ上級者であろうと激しい稽古はいっさいやりません。逆に空手や柔道から来た人は、ゆっくりコースでは面白くないようですので、激しいコースでバチンバチンやらせます。
RB: 現在、ドイツ国内における合気道人口はどのくらいですか?また、どんな方が入門されるのですか?
A: 私の元から分離していったグループもあるので、はっきりはわかりません。何万人単位でしょう。現在私の組織で稽古している人数は7000人ほどです。デュッセルドルフの道場は日本人が5人、あとはインターナショナルなメンバーです。
入門してくる人には大概2つのタイプがあります。1つは武道、護身術という強くなりたいという面から入る人。もう1つは精神的なもの、日本的なものの考え方に対する興味から入る人です。中には日本人以上に日本的な人もいますよ。
RB: 合気道のお稽古のほかに自由時間には何をなさっていますか?
A: 魚釣りが趣味なのですが、ドイツでは免許がないと釣りができないので、外国に行った時に楽しんでいます。その他はドライブかな。とにかく今は合気道の稽古ばかりです。大先生(植芝先生)に教わった事はどんな事だったんだろうと、今も研究、修行中です。
RB: 本日は貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました。
《ドイツ語要約》

Kurze Biografie

Aikido-Lehrmeister Katsuaki Asai ist 1942 in Tokio geboren. Als er dreizehn Jahre alt war, trat er in das Aikikai-honbudohjyo ein und wurde Schüler des Meisters Morihei Uyeshiba, der die Budo-Disziplin Aikido gründete. Mit Aikido begann Asai, weil er einfach stärker werden wollte. Außerdem lebte er in der Nähe der Trainingshalle von Meister Uyeshiba. 1965, als er 23 Jahre alt war, wurde ihm in Deutschland eine Trainerstelle für Aikido angeboten. Zwei Jahre später gründete Asai das „Aikikai Deutschland". Asai ist Träger des 8. Dan. Dies ist in Deutschland der höchste Meisterrang. Er selbst ist Trainer in seiner Schule und bietet Kurse für Kinder und Erwachsene auf unterschiedlichen Leistungsstufen an.

Was ist Aikido?

Aikido ist die Kunst, das Ki, die Lebenskraft, zirkulieren zu lassen. Jeder hat diese Kraft und man kann ihre Wirkung mit einiger Übung kontrollieren. Besonders wirksam wird diese Kraft in den Handflächen. Aus diesem Grund fasst man bei Schmerzen mit den Händen an die schmerzende Stelle. Ziel des Aikido ist die Harmonisierung aller Kräfte mit der Kraft der Natur im ständigen Austausch. Schließlich lässt man die Kraft im Universum zirkulieren.

Bei Aikido gibt es weder Sieg noch Niederlage. Durch das Training erfährt man den Umlauf der Kraft. Zuerst muss man sich selbst erkennen. Danach fühlt man die Kraft der anderen, den Raum, in dem man selbst existiert. Bei Aikido ist das Gleichgewicht von geistigen und körperlichen Fähigkeiten wichtig. Es ist mehr als nur ein Sport.

Aikido und die Deutschen

Asai findet es nicht leicht, seinen deutschen Schülern den Geist des Aikido nahe zu bringen. Nur konkrete Anweisungen können von ihnen aufgenommen werden. Wenn er beispielsweise einem Japaner sagt: „Hebe mal den Arm", dann erreicht er sein Ziel. Bei Deutschen muss es präziser lauten: „Hebe den Arm bis zu einem Winkel von 48 Grad." Er macht immer darauf aufmerksam, dass es unterschiedliche Sichtweisen der Dinge gibt. Demzufolge sollte man in seinen Vorstellungen flexibel sein. Wenn man von etwas nicht überzeugt ist, sollte man versuchen sich vorzustellen, warum der andere so denkt.

Natürlich hatte er am Anfang Probleme mit der Sprache und den unterschiedlichen Gewohnheiten. Er legt großen Wert auf zwischenmenschliche Beziehungen. Seiner Ansicht nach äußert sich das auch im Respekt der Schüler gegenüber dem Meister. Als er noch jünger war und noch nicht so gut deutsch sprechen konnte, fiel es ihm schwer, sich Respekt zu verschaffen, nicht zuletzt auch wegen seiner Körpergröße. Seine deutschen Schüler waren oft größer als er. Jetzt überlässt er diese Disziplinierungsarbeit seinen fortgeschrittenen Schülern.

Aikido in Deutschland

Die Zahl der Menschen, die in Deutschland Aikido betreiben, geht in die Zehntausende. Allein in seiner Organisation trainieren etwa 7.000. In Düsseldorf nehmen fünf Japaner teil. Die übrigen Teilnehmer sind hauptsächlich Deutsche.

Asai sieht hauptsächlich zwei Gründe, in eine Aikido-Schule einzutreten: einmal der Wunsch nach Budo, der Kunst der Selbstverteidigung, um stärker zu werden, andererseits das Interesse an etwas Geistigem oder an der japanischen Denkweise.

Mehr Informationen zu Aikido finden Sie unter: www.aikido-schule-asai.de

 

穏やかな中に鋭い眼差しを感じさせられる浅井先生でした。以前、先生の模範演技を拝見したとき、3人もの大きなドイツ人を一度に動けないように押さえ込み、汗ひとつかかず、さわやかになさっている御姿に心底驚いた思い出があります。
合気道というと“静”というイメージがありましたが、決してそうではないということ。技だけではなく、精神、肉体をも同時にバランス良く深めていかなければ上達とは言えないということなど。引き込まれるような奥の深いお話でした。
また、合気道の祖、植芝先生のエピソードなど貴重なお話もあり、あっという間に時間が経ってしまいました。植芝先生の教えに一歩でも近づくべく、日々鍛錬に励む浅井先生に頭が下がります。
浅井先生の道場、及び合気会のインフォメーション:www.aikido-schule-asai.de