GermaService: Herr Uwe Krämer
(2000)

シリーズ第1回目に登場いただいたのは、私たちラインブリュッケの活動を支援してくださっているUwe Krämer さんです。

Krämer さんは GermaService という語学学校の校長先生。ここは、日本人だけでなく、各国からドイツ語を学びたい人を受け入れています。

まずは、Krämerさんの「今日まで」と「これから目指すこと」についてお聞きしました

ラインブリュッケ(以下RB): 以前はギムナジウムの先生をしていらしたと伺っていますが?
Herr Krämer
(以下K):
専攻はドイツ語と美術でした。
RB: なぜ転職をされたのですか?
K: 本人の興味がないことを教えることに魅力を感じなくなってしまったからです。特に高学年の生徒に対して、専門の授業内容ではなく、しつけ(道徳)に多くのエネルギーをかけなければならないことに疲れてしまったのです。出来れば、「学びたい」という気持ちを持っている人に「教えたい」。これがきっかけです。
RB: それでゲーテインスティチュート の先生になられた。
K: そうです。ここの生徒はほとんど学生ですが、ドイツ語を学びたくて各国から集まってくる。そして、彼らとのコンタクト(これは授業だけに限らず)を通して、異文化に触れることができとても新鮮でした。
RB: そしていよいよご自分の学校を創立なさるわけですね。
K: 1988年9月1日が開校日です。その年のクリスマスイブの日、弟に手伝ってもらって、500枚以上のパンフレットをオーバーカッセルや、メアブッシュの外国人の名前、とりわけ日本人と思われる表札がついた郵便受けに配って歩きました。デュッセルドルフでは、やはり日本人が大きな割合を占めますから。開校当時の大事な思い出の一つです。
RB: ここで少し、GermaService のコンセプトをお話いただけますか?
K: 学問としてのドイツ語を勉強するならば、大学の講義やまた自分で教科書を学んでいけばいいわけです。しかし、実生活に役立てるためのドイツ語となるとそう一辺倒ではいかない。ここでは、会話を通してコンタクトを取る練習がとても重要な要素となってきます。それには、小さいグループで誰もが話すチャンスがないと上達しません。また、授業だけでなく休憩時間などでも、他国の人とドイツ語でコミュニケーションを取ることが大いに役立ちます。そして、お互いが文化や、習慣を知り合う、そういう場であって欲しいと思います。小さいグループ(平均5人から7人)が基本ですから、当然日本人のいないクラスもできれば、日本人が半分以上を占めることもあるわけです。基本的な会話の段階を終え、一歩進むと、生徒の目指す方向は、色々と違ってきます。仕事に役立てたい、語学試験を受けたい、新聞やテレビのニュースを理解したい、等など。
こういった個人個人のニーズに合った教材や勉強方法を提供できるのも、大きな特徴だと思っています。
RB:  では、これからもインターナショナルであり、、細かな要望に答えられる学校を目指していかれるのですね?
K: はい、そうです。今後の新しい活動としては、と言ってももう始まっているのですが、E-Mail-Kurs ですね。教室に通うのが難しい人や、自分の好きな時間に勉強したい人、また、試験を受けたい人には適していると思います。ただし、会話練習という部分は、別の形で補わなければならないので、今後の課題です。

次に、Kraemerさんから見た日本人観をお聞きしました。

K:  日中のコースを受講するのは女性が多いのですが、やはり、コースの始めは消極的ですね。お国柄だとよく言われていますが、今の方が、開校当時よりは、積極的な人が増えているように思います。夜間のコースはサラリーマンの人が主体ですが、彼らは、社会に向けての顔を持っている。会社人として、こうあるべきという概念がはっきりしていて、授業中も積極的だし、熱心です。また、企業でなく、レストランなどで働く若者も教えていますが、彼らも短期間に集中的にドイツ語をマスターしようと大変意欲的です。学びたい気持ちの大きい人に教えるのはやはり楽しいですね。
RB: Krämer さんにとって一番身近な日本文化とは、なんでしょう?
K:  日本はとてもエキゾチックな国であるという印象を持っていますが、実際にまだ訪問したことはないので、昔からのイメージがそのまま続いています。そうですね、食べ物でしょうか、コースの終了時など持ち寄りでパーティをしたときなどに、食べる機会があるので。(笑)

最後にラインブリュッケについて少し話していただきました。

K: ラインブリュッケが発足したのは、1992年です。中級コースを終了した人たちが今まで学んだことを生かしていく道はないかと考えたのがきっかけです。当時はタウンニュースの月1回の発行から活動が始まりました。ページを二分して、ドイツ語と日本語の併記という形を採っていました。コピーでの発行から始まり、その後2500部を印刷するまでになりました。広告集めをしたり、出来上がった新聞を置いてもらえるところへ配ったりとそれは大変な作業でした。ですがその後活動に参加する人が増え、一時は20人以上の人がラインブリュッケに関わっていました。人が増えるとアイデアもイロイロでてきます。ミニコンサートを開いたり、詩の朗読会をしたりと、その活動は多種多様でした。その後、世代交代の難しさや、経済状況の悪化などで、1998年にやむなくタウンニュースの発行を止めてしまったのです。人が集まり会話を交わしていくあいだに新しいアイデアや、活動が生まれていくものなので、新聞の休刊以来、ラインブリュッケの活動も止まってしまいましたが、2000年4月から、新たなメンバーでホームページを開設し、ここで2周年をむかえたのです。活動は参加する人の全くの自由意志で行われるべきなので、編集室、コンピューターの提供や、公共機関などへのコンタクトの仲介、ドイツ語に関する手伝い以外は、私は見守っているだけです。ですから、ホームページはもちろん、ホームページ以外でも、ここを通して、活動をしたいという人がいればぜひ参加して欲しいと思っています。

ありがとうございました。

Uwe Krämer, Leiter der Sprachschule GermaService

Uwe Krämer ist Gymnasiallehrer und hat Germanistik und Kunst studiert. Doch er war mit der Arbeit am Gymnasium nicht zufrieden. Es machte ihm keinen Spaß, immer wieder vor allem die älteren Schüler disziplinieren zu müssen. Sein Ziel war es, mit Leuten zusammen zu arbeiten, die Interesse am Lernen hatten. Also verließ er das Gymnasium und wurde Dozent am Goethe-Institut. Besonders beeindruckt hatte ihn hier die internationale Zusammensetzung der Kurse und der Lerneifer der ausländischen Studenten. Auf der Basis der vielfältigen Erfahrungen beim Goethe-Institut gründete er die Sprachschule GermaService in Düsseldorf im September 1988. Am Anfang war es schwierig, Werbung für die neue Schule zu machen. Um Geld für das Porto zu sparen, verteilte er die Kursprospekte gemeinsam mit seinem Bruder in Briefkästen mit ausländisch klingenden Namen. Sehr hilfreich beim Start waren schon frühe Kontakte zu japanischen Firmen in Düsseldorf. So ist es bis heute geblieben.

 

GermaService

Bei GermaService findet der Unterricht in kleinen Gruppen von durchschnittlich 5-7 Teilnehmer statt. Man legt großen Wert auf die internationale Zusammensetzung der Klassen, so dass neben dem Unterricht immer auch ein interkultureller Gedankenaustausch stattfindet. Aufgrund der kleinen Lernergruppen kann der Unterricht stark auf die Ziele des einzelnen Teilnehmers abgestimmt werden. Besonders wichtig ist die Betonung der mündlichen Kommunikation, vor allem in den Grundstufen. Das Ziel ist immer die praktische Anwendbarkeit des Erlernten. So sind zum Beispiel aktuelle Nachrichten, Werbe- und Informationsbroschüren und andere Texte Bestandteil des Unterrichts nach dem Motto: „Deutsch lernen – Düsseldorf kennen lernen“. Daneben gibt es spezielle Kurse, die auf international anerkannte Prüfungen vorbereiten, oder auch Wirtschaftsdeutsch-Kurse für Geschäftsleute. Wer keine Zeit hat, Das Sprachinstitut zu besuchen, kann auch per E-Mail Deutsch lernen.

 

Ein großer Teil der Kursteilnehmer kommt aus Japan. Im Vergleich zu den 80er Jahren kommen heute hauptsächlich jüngere Japanerinnen in die Vormittagskurse. Sie sind in der Regel offener und aufgeschlossener als die Teilnehmerinnen aus der Gründungszeit von GermaService, aber genauso fleißig und gewissenhaft. Die japanischen Geschäftsleute in den Abendkursen finden kaum Zeit für die Hausaufgaben, dennoch erreichen sie gute Sprachkenntnisse. Besonders schätzt er an den japanischen Kursteilnehmern die hohe Lernbereitschaft und absolute Zuverlässigkeit.

 

Rheinbrücke

1992 wurde der gemeinnützige Verein Rheinbrücke e.V. gegründet. Die ursprüngliche Idee war, dass man die Sprachkenntnisse, die man im Unterricht mit viel Fleiß und Energie erworben hatte, auch im praktischen Leben anwenden wollte. Die Gründungsmitglieder der Rheinbrücke waren Sprachschülerinnen der Mittel- und Oberstufen bei GermaService. Anfangs erschien das Rheinbrücke-Magazin monatlich mit einer Auflage von 2.500 Exemplaren, um auf Deutsch und Japanisch über das Leben in Düsseldorf zu informieren. Seit April 2000 existiert das Magazin im Internet unter www.rheinbruecke.de. Die neuen Mitarbeiterinnen informieren hier hauptsächlich in japanischer Sprache über Wissenswertes aus der Düsseldorfer Region.

 

 


Herr Krämer