アルトシュタット ガイドツアー(2004)

 知り合いのドイツ人に旧市街を案内してもら いました。
彼女は生粋のDüsseldorferin(デュッセルドルフ生まれの女性)で、ご実家がかつてアルトシュタットのレストラン"Zum schiffchen"の経営者でした。このレストランは、その昔ナポレオンが訪れたことで有名です。
また彼女のご主人がKö-Galerieなどを手掛けられた建築家ということで、デュッセルドルフの街つくりについても紹介してもらいました。

《旧市街ガイドツアーのコース》

 @Kö-Galerie(Königsalle)
 AGrünstrasse, Bastionstrasse
 BBilker Strasse(シューマン住居)
 CMediciplatz 
 DBäckerstrasse
 EStadtmuseum Düsseldorf
     (市立博物館・Berger Allee)
 FRheinuferpromenade
 GSchulstrasse 
 HMaxplatz 
 ISchneider-Wibbel-Gasse
 JMarktplatz 
 KBurgplatz
 LStiftsplatz 
 MLiefergasse 
 NUrsulinengasse 
 OEiskellerstrasse
 PAndreasstrasse
 QKönigsallee


@Kö-Galerie

Königsallee に面した高級品を扱うショッピングセンター。芸術の街デュッセルドルフに大きな影響を与えた彫刻家、建築家、画家、舞台役者、作曲家、文筆家など22人を紹介したプレートが床にはめ込まれているほか、芸術作品がさりげなく建築に組み込まれている。



AGrünstrasse, Bastionstrasse
銀行・ギムナジウムなど石つくりの歴史のある建物が並ぶ。通りの向こうには Kö-Galerieのプレートで紹介されている建築家が手掛けたKauhof や Wilhelm-Marx-Haus などが並ぶ。

BBilker Strasse(シューマン住居)
作曲家ロベルト・シューマン、妻のクララ・シューマンが約2年間(1852-1854)暮らした住居入り口には彼の生誕175周年を記念し石版と妻クララ・シューマンとのレリーフが埋め込まれてる。

Robert Schumann
Zum 175. Geburtstag am8.Juni1985
Robert-Schumann Geselschaft e.V
Düsseldorf

所在地:Bilker Strasse 15

CMediciplatz
デュッセルドルフで最もエレガントな通りの名を持ち、Anna-Maria-Luisa-Medici-PlatzとOrangeriestraseで一角をなす広場。
Jan Wellemの妻Anna-Maria-Luisa-Medici が彼女の故郷フィレンツェから芸術、富をデュッツセルドルフにもたらしたことを紹介するブロンズ版が埋め込まれている。

ANNA MARIA LUISA MEDICI
FLORENZ1667-1743FLORENZ
KURFÜRSTIN VON DER PFALZ
1691-1717 IN DÜSSELDORF

所在地:Mediciplatz

DBäckergasse
デュッセルドルフ旧市街で最も古い民家の集まる小道
地面の一部がガラス張りになっており住居の地下の構造を外から伺うことが出来る。
所在地:Bäckergasse

EStadtmuseum Düsseldorf(市立博物館・Berger Allee)
Stadtmuseum内のカフェ"Cafe Ey"。
多くの芸術家を生み出したデュッセルドルフ芸術大学(Kunstakademie)の学生たちの母と呼ばれるMutter Ey。Stadtmuseum内の彼女の名を持つカフェ及び博物館展示室には多くの彼女の肖像画が展示されています。Stadtmuseum(市立博物館)前のJugendstil(19世紀末から20世紀前半頃の建築様式)の美しいファサードをもつ住居が立ち並んでいる。この通りの入り口付近には1811年ナポレオンのデュッセルドルフ入場のために築かれたBergertor(門)について記した記念版がはめ込まれています。

An dieser Stelle
Stand das 1895
niedergelegte Bergerhor

またMaxplatzのHeimatbrunnenにはこの門を通過したナポレオンのレリーフがあります。
所在地:Berger Allee 2(Stadtmuseum Düsseldorf)

FRheinuferpromenade
ライン川に面しSchlossturmやSt.Lambertus 教会、ラインタワー(Rheinturm)などデュッセルドルフを代表する眺めをもつRheinufapromenadeは市民にもっとも愛される散歩道だ。足元の波模様はライン川の流れを現している。

GSchulstrasse
Filmmuseum(映画博物館)、Hetjens-Museum(ヘッチェンス陶芸博物館)、Maxkirche(マックス教会)と隣接の旧修道院など歴史のある建物が並ぶ。レストラン"Zum Schiffchen"の裏門はかつて材木商を営んでいた名残がある。
所在地:Schulstrasse

HMaxplatz 
Karl Heinz Klein の1982作 Heimatbrunnen には街の歴史と街の発展に貢献した人物のレリーフがある。

・verleiht dem Dorf an der Düssel die Stadtrechte 1288
(Graf Adorf von Berg がデュッセル川のほとりの村に自治権を授与)
・Plant den Ausbauder Neustadt 1710
(選帝侯 Jan Wellem が新市街の建設に着手する)
・Napoleon vor dem Berger Tor 1811
(ナポレオンの入場、Berger Tor前のナポレオン) 
・LORENZ CANTADOR GRUNDET DIE BURGERWEHR 1848
(LORENZ CANTADORが市民自衛、消防団結成)
・AUS KRIEGSRUINEN WACKST EIN NEUES DÜSSELDORF
(1945-1982戦争の瓦礫の中からの新しいデュッセルドルフの建設)

 


市庁舎建築のレリーフ


ISchneider-Wibbel-Gasse
デュッセルドルフのメルヘン小道。
デュッセルドルフ生まれの作家 Hans Muller-Schlösserのコメディー作品"Schneider-Wibbel"の舞台となった一角。撫でると幸福になると言われるSchneider-Wibbelの像や仕掛け時計、Schneider-Wibbelの物語上の住まいの玄関など短く狭い通りはとてもかわいらしい。この一角はスペインレストラン街としても有名。
所在地:Schneider-Wibbel-Gasse

JMarktplatz
選帝侯Jan Wellemの銅像が立つ市庁舎広場。
1570年から1573年にかけてデュイスブルクの建築家Tussmannによって建築された。その後Jan Wellemの建築計画をもとに増築を繰り返し現在も市庁舎として利用されている。建物の最も古い部分にはラテン語でMDCCXXXXX(M=1000,D=500,C=100,X10、1749)と記されている。広場一角にはJan Wellemの銅像建立にあたり不足した銅を市民から集め製作に貢献した少年の像とGänsebrunnen(Willi Meller 1956年作)がある。
所在地:Marktplatz

KBurgplatz
SchlossturmのあるBurgplatzにはDas Stadterhebungsmonument と Radschlagerbrunnen の二つの有名な芸術大作がある。

・Das Stadterhebungsmonument (Bert Gerresheim 1988作)
1288年Graf Adorf V. von Bergに従い現在のデュッセルドルフとその近郊の市民は簡単な武器を手にケルン大司教の率いる軍とWorringen(デュッセルドルフとケルンの間、現在も地名あり)で戦い勝利を得る。この勝利の褒美として同年8月14日にGraf Adorf V .von Berg はデュッセルドルフに自治権を与えた(Stadterhebung)。これがデュッセルドルフの始まりである。1288年のWorringenの戦いから700年を記念してデュッセル川がライン川に合流するこの広場に街のDas Stadterhebungsmonumentが設置された。地面のマークの上に立ってみると、モニュメントの上部武器の部分から1288という数字が見えてくる。

・Radschlägerbrunnen(Alfred Zschorsch 1954年作)
Radschläger(側転)の由来:
Worringenの戦いから凱旋した兵士たちを子供たちはRadschlägerで出迎え喜びを表現した。
現在では年に一度子供たちがKöigsalleeで側転を競い合うコンテストがある。


LStiffsplatz
少しねじれた屋根を持つ St.Lambertuskirche(聖ランバートゥス教会)。
教会脇には聖人Lambertus(マーストリヒトの司教)についての石版がある。

LAMBERTUS 635-706
BISHOF VON MAASTRICHT SEELSORGER・SCHUTZER DER ARMEN・MAERTYRER VERTEIDIGTE DIE POLITISCHE UND WIRTSCHAFTLICHE FREIHEIT DER KIRCHE UND DIE UNAUFLOESLICHKEIT DER EHE.

所在地:Muller-Schlossergasse、Stiffsplatz

MLiefergasse 
デュセルドルフが自治権を得た1288年に建築された建物。現在は"Bräuerei Schlösser Alt"となっている。
付近には歴史のある建物が並び老舗のケーキ屋、エッチングなどを扱うお店が並ぶ。またAmtgericht(裁判所)近くの小道には芸術大学の学生たちが集まる古い酒場がある。入り口はデュッセルドルフ方言で書かれた飾り文字がかけられていた。
"30 JOHR KNEIPE MER JUBILIERE. ON FIERE !"

所在地:Lambert.、Lieferg-gasse の交差する広場

NUrsulinengasse 
デュッセルドルフの自治権獲得後築かれた最も古いStadtmauer(市の城壁)跡の記念石版
"StadtMauer Nach 1288"と記されている。

所在地:Ursulinengasse

OEiskellerstrasse 
多くの芸術家を生み出したKunstakademie(デュッセルドルフ芸術大学)。

PAndreasstrasse 
Jan-Wellemが眠るイタリア風バロック様式のAndreaskirche(アンドレアス教会)。
教会前広場にはKunstakademieの学生たちの母親的存在だったMutter Ey から名をとった通り"Mutter Ey Strasse"がある。また広場に面した建物の上にはMutter Eyの肖像画が備え付けられている。


Mutter-Eyの肖像画


QKönigsallee
約4時間のガイドツアーを終えて、Königsalleeに戻ってきました。Kö-Galerie の22人のプレート、そこを何度も通ったことがありながら今まで全く気がつきませんでした。少し目線を変えることで思わぬ発見があることに気づきました。アンドレアス教会横で「Mutter-Ey、Mutter-Ey」とつぶやきながら肖像画を探していた私たちに「Mutter-Eyはあそこにいるよ」と上を指差して教えてくれたのは教会の前に座っていたKunstakademieの学生さんでした。4時間で私のデュッセルドルフ滞在5年間以上の発見がありました。(A)